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2017年05月23日

ラスやそれ

エクスペリアも酷いけど、アメブロの新アプリもかなり怪しいですね。
新アプリにしてからエラーが出るようになったし、ユーザー評価も旧バージョンより新のが低い!
アメブロも何やってるんだか??

それにしてもスマホは壊れるとかなりストレスですな~。

ドコモの故障担当のTさんはかなり頑張ってくれてたけど、まあ玉砕ですな。
絶対にギャラクシーがおすすめですって、大きな声では言えないと言いつつ、言ってました。

ソニーはもうダメだな!大赤字企業だし!
ソニー世代の私は本当に嘆かわしい限りですよ。

ちなみにドコモからiPhoneが出るとネットがパンクするとのシュミレーションがあるらしく、発売が怪しいとのこと。
やっぱスマホは今後何かと危ないかもね。
ああ、あのさあ???、もしかして君は、俺のことを前から知ってたの?この俺が君のお姉さんに会ったことと、君が俺の所に来たのとは???何か関係があるのか?」
と言ってわたしは、その時点で自分が一番気になっていたポイントについて、このユナに訊いてみることにした。

ナオキのこと?それは???、フフフ」
と言ってユナは横を向きながら何かごまかす猫のような口許で微笑んだ。
な、なんだよ?」
そう焦らないで最後まで聴いてくれる?これからちょうどあたしのオトコ関係について、話そうと思ってたところだから」
オトコ関係って???」
と、わたしが一瞬引いたのを全く無視するかのようにユナは続けた。

あたしは中学、高校とトウキョウで公立の共学校に通ってたのね。小学校の頃から背が高かったこともあって、ずっとバスケ部に入ってて、毎日が練習練習の日々だったから、男の子との関係は奥手の方だったの。でもあたしは、どっちかって言えばモテる方だったから、クラスやそれ以外の同じ学校の男の子からもけっこうコクられることは多かったの。
それでも校内で彼氏とかを作らなかったのは、あたしが昔から同じ年頃の男の子には、全くと言っていいほど興味がなかったからなの。
それは多分きっと???、ずっとパパに愛されなかったことがトラウマになっていたからで、父親みたいなオトコの人の愛情を思春期になってからもずっと求め続けていたからだと思う。
実際にあたしの初恋は、中学校の担任の先生だったし、それ以外でも好きになった人たちは、友だちのお父さんだったり、たまたま偶然知り合ったサラリーマンのおじさんみたいな人たちばかりだった。

高校を卒業すると、あたしは以前から関心のあった介護の仕事がやりたくて、そういったことの勉強が出来る福祉の専門学校に進学したの。
ああ、でもそれもまわりに素敵なおじいちゃんがいるのが楽しみってのもあったかな?あたしの老け専は、どんどん悪化してたみたいで、そのうちに70歳ぐらいのおじいちゃんのことも恋愛の対象になってきちゃったりしてたもんだから???。  


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2017年01月11日

うに見ていた栄太


栄太が扉を開け顔を出す。
早雪はベッドに寝たまま栄太をぼぅっと見上げた。
体調が悪いのかい?」
うん、なんか頭が痛くて」
そういうことならすぐに言ってくれよ。同居人が医師なんだから」
栄太は呆れたようにため息を付きながら早雪の額に手を当てる。
結構あるね…。ちょっと診ようか。」
栄太は一度下に戻ると聴診器や何かを持って上がって来た。
早雪はひととおを診察してもらい、またベッドに横になる。
風邪だな。喉も赤いし、寒気は?」
する…」
お腹の調子は?」
大丈夫。でも喉痛い…」
うん、じゃ、薬を処方しよう。何も食べてないんだろ?」
うん」
何か作って来るから、その後薬を飲む事。いいね?」
うん」
早雪がぼぅっとしたまま頷くと栄太が笑う。
なんか、弱ってる君は妙に可愛いな」
そう言いながら頭を撫でられて早雪は赤くなって布団をかぶった。
どうせ普段が可愛くないですからね」
そんなこと言ってないだろ?普段から充分可愛いよ。じゃ、俺が戻ってくるまで大人しく寝ているように、仕事なんかしたらお仕置きだよ?」
さすがに、しないよ…」
よし、じゃ、ちょっと待ってて」
栄太は笑うと部屋を出て行ってしまった。
そのまま寝てしまい、しばらくしてまた栄太の声が早雪を呼ぶ。
起きられるかい?おかゆ…作って来たんだが…。というより、貴彰さんが作ってくれたから持って来たんだ。お見舞いに来ようかと言っていたんだが、次の予定があるとかで夕方様子を見に来てくれるそうだよ」
ありがとう…いただきます」
早雪は食欲がないものの、栄太に渡されたおかゆを口に運ぶ。
こうやって看病してもらうのも悪くないものだなとおもいながら、愛情たっぷりのおかゆを食べた。
食べ終えて薬を飲み、栄太が安心したように息をついた。
これで後は寝てれば治るだろう。大人しく寝ててくれよ?」
うん」
俺、もうそろそろ巡回行くけど、一人で大丈夫かい?」
うん」
早雪は頷く。
それを診て栄太が微笑んだ。
栄太さん…、ありがとう」
ああ。じゃあ、また後で。そのうち貴彰さんが様子を見に来てくれるそうだから。何か欲しいものとかあったら彼に頼むと良い」
うん」
早雪はそのまま目を閉じた。
すぐに寝入ってしまった早雪を心配そうに見ていた栄太だが、すぐに立ち上がる。
(疲れが出たのもあるんだろうな…)
今だけは何も考えずゆっくり休んでほしかった。
これから東京に戻り、また忙しい日々が続くだろう。
心の傷もまだ癒えていない。
安らかな表情で、子どもの様に眠る早雪を見て、どうか今だけでも何も考えずに眠れたらいいと願わずにはいられなかったのだ。
深夜、眠れずに何度も寝返りをうっていたザンは起上がった。
何故、YESと言ってしまったのか。
自分はこの村に深く関わるつもりはない。
早雪たちに付いて行ったのも観光の代わりのようなものだった。
自警団などはじめたら、それこそ帰れなくなるだろう。  


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2016年10月20日

洋事業を抜本

三菱重工の客船事業をめぐっては、米クルーズ船大手から豪華客船2隻を受注したものの、納期が遅れて計2375億円の巨額損失を計上していた。4月に立ち上げた事業評価委員会は大型客船について、「中国市場の成長で一定の需要が続く一方、将来的には建造能力に余剰が発生する」と指摘。大型客船用の部品や設備の一部は海外から取り寄せなければならず、コスト面でも事業継続は得策でないとした。

 
同社は今後、部品などを国内から調達しやすい中小型の客船に絞り込む。10万トン超の大型客船を建造できるのは、日本では三菱重工に限られている。同社が撤退すれば、国内での大型客船事業が途絶えることになりそうだ。

 
一方、今治造船(愛媛県)、大島造船所(長崎県)、名村造船所(大阪市)3社との提携協議は平成28年度中に結論を出す考えだ。三菱重工の商船事業の設計などを手がける部門を分社化し3社と合流させる案や、造船所の共同利用案などが浮上している。

 
造船会社では、川崎重工業も赤字が膨らんでいる船舶海洋事業を抜本的に見直す方針を示している。

民進党の蓮舫代表のいわゆる「二重国籍」問題について、金田勝年法相は18日の記者会見で、一般論と断りながら、「法律の定める期限後に日本国籍の選択宣言を行った場合、それまでの間、国籍法上の国籍選択義務14条に違反していた」と述べた。

 
国籍法は20歳未満の人が二重国籍になった場合、22歳までの国籍選択を定めている。蓮舫氏の国籍選択宣言は今月で、国籍法違反の状態が25年以上続いていた可能性が高まっている。

 
蓮舫氏は今月、都内の区役所に提出した台湾籍の離脱証明書が受理されなかったとし、「(日本国籍の)選択宣言をした」と述べていた。関係者によると、宣言は今月7日付という。
  


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2016年06月21日

当てにされてない

クローズかオープンどちらで働くのがいいのか?なんか風景のように一人でネット挟みつつ仕事して、定時になったら課長のとこ行って勤務報告書出して、特に話もなく退社。とずっと考えていた。朝、昨日仕事休んじゃたから気兼ねがあって、でもいつものことだから、まあ蔡加讚、いいかって課長に挨拶もしなくて。


なんか風景のように一人でネット挟みつつ仕事して、定時になったら課長のとこ行って勤務報告書出して、特に話もなく退社。オープンで働く。
休みやすいし、休んでもスルーだし、嫌み言う同僚もいない。


でも、当てにされてない。いてもいな蔡加讚くても同じ。とゆうか、かえって周りに気を遣わせてる感がある。クローズで働く。
私にとっては負荷が高いと思う。要領も良くないのでうまくいけば3年目くらいからやっと自身をもって働けると思う。


うまくいけば、負荷に耐えられれば、仕事は楽しくなると思う。なんか、やった感が欲しい。同僚との連帯感がほしい。贅沢な事かもしれないけど。まあ、長く働くならオープンなんだけどね。あと10年は働きたいから。なんとなく、さみしくなった1日でした。作業所の友達に会いたいな~。
クローズで働く。
私にとっては負荷が高いと思う。
要領も良くないのでうまくいけば3年目くらいからやっと自身をもって働けると思う。


うまくいけば、負荷に耐えられれば、仕事は蔡加讚

楽しくなると思う。なんか、やった感が欲しい。同僚との連帯感がほしい。贅沢な事かもしれないけど。まあ、長く働くならオープンなんだけどね。あと10年は働きたいから。
でもあと10年も今の仕事で満足できるかな。  


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2016年02月18日

本格的な日差



今年の夏、百貨店での商戦では、男性用の日傘が人気のようだ。
若い人が持つというよりは、熟年以上が持つアイテム。
老齢を迎えた人には暑い日差しは、さすがに堪(こた)えるという。

日傘があればと思いつつ、誰もさしていない状態では、
気が退(ひ)けるところがあったそうで、
このような流行に対して歓迎ムードがある。

そのほか、
夏のアイテムとしては、浴衣(ゆかた) も定着してきた感があり、
それに付随してか、番傘などの和傘も人気を得てきている。
和傘には番傘のほか、蛇の目傘(じゃのめがさ)、端折傘(つまおれがさ)
などがあるが、高級な和傘もかなり売れているそうだ。
和装には、やはり、そのような傘がしっくりとあう。

ごく一般的なタイプの和傘の呼び名を番傘と呼ぶが、
それには、いわれがある。

「それは江戸時代のこと、三越百貨店本店の前身である「越後屋呉服店」が、
にわか雨が降り出すと、
店内から出てきて、通行人に無料で傘を貸し出していたという。

その傘には、「越後屋」の文字と、
数字の「一」「二」「三」など、通し番号が書かれていた。
この「番傘貸し」がかなり評判を呼んでいたようだ。
当時の川柳に
『江戸中を 越後屋にして 虹がふき』
の如くに、大宣伝となったという。
この傘、唐傘とか、和傘とか呼ぶべきところ、
番号がふってあるところから、
「番傘」と呼ばれるようになり、
それから、一般的にこのタイプの傘が、
番傘と呼ばれるようになったそうだ。

この「越後屋」の精神を受け継いでいるのが、ショップの
ショッピングバッグかもしれない。
一回だけ持ち帰るだけにしては、意外に立派に作られていて、
デザインなんかも凝っていたりする。
そうすると、日常的に、使い勝手の良い、
そのショッピングバッグを持って出たりする。
ショップにとっては、
街を歩いて良い宣伝をしてくれることになる。

時代劇ではないが、
「越後屋、そのほう、なかなか知恵が回るワイ」
と言いたくなる。  


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2015年11月16日

すべての今したときに雪

素晴らしいおとぎの国の前で実証マーリンに巨大な関心、。雪かすんカーテン、しかし梅树婉Qiaoli、ZE韻にこのような詩のようなサクラ属の風、そして画家のブラシインクダン、米国株の場合、素晴らしいです。梅開花、開花枝、芳香な香り。そこしなやかブルーム、名前、ラウンド、クラスター、カラフルな素晴らしさ、李カイストリーマの恥ずかしがり屋の芽。彼らの優雅な魅力、そして横に雪側を旋回、なだめるような、自然の王国で遊んで、優雅な動きであり、琵琶と飛んで雪の韻のハープの組み合わせの場合。 「ペン詩人のコート代アセスメント章白さのために梅の雪が、雪の梅の香りをドロップする梅は消極的。」古くから、壮大なプラム妻に直面して、文字消えないインクの多くの男性があります、びっくり!

乾杯は子供たちが雪の白、地球、ホワイトハウスの後、山が白で、ああ、思い出から私を目覚め!雪の世界が爽やか! 「ノースランドの風景、マイルの氷の数千...マウンテンダンスシルバースネーク、......のような元チーワックス「偉大な男のペン美しい輝きで壮大な景色!太陽は、雪の輝きを明るく上昇しました。子供たちは雪だるま、雪合戦、遊びが幸せになることができます! 「不幸」は、来年の農家が豊作を持つことになります!

私は雪の王国、手の雪、雪の感情の魅力に立っていました!私は深く酔いました!美しい雪、私は壮大なエベレストを見落とすこと、ハンサムそびえ立つ崑を楽しむために、あなたと一緒に歩きたい、あなたは魅力的な蓮の氷山を鑑賞するために、追求したいくらいの香り!親友を形成することが見つけるのは難しいですが、愛の素敵な光線をせん断、アカシアの概念の鍋を調理、スペクトル渓流!私はあなたが、純粋で高貴な雪を愛し、私が最も美しい冬に会う、あなた菩提と手を保持したいと思います!  


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2015年11月11日

她應該算是典型的東北女孩吧

接到一個陌生客戶的電話,一聽能量水聲音就是東北人。在大家的印象中東北人直爽,有啥說啥。確實我的印象中也是這樣的。這個電話,讓我猛然想起一個女孩,比較可氣的是,我現在竟然想不起她的名字。好像叫王倩吧。和她的第一次接觸,我便挺吃驚的。

那是剛剛上大學的時候。我初來大城市,又本來內向,所以不大和人接觸。她是班長,很活躍,經常站在講臺上將通知之類的事情。所以我是知道她的。有一天晚自習下課,下著很大的雨。我沒有帶傘,我好像經常這樣。直到現在,我去任何地方,都沒有帶傘的習慣。即使天氣預報說有雨。

我站在樓道裏,看到別人離去。也準備走了。這時候她能量水出現在身後道:“沒帶傘吧。”我點點頭。她說:“那我們一起吧。”說著她打開了傘。我連忙說:“不用,不用。”她指著大雨道:“這麼大的雨,肯定會淋透的。我們一起,你先送我回宿舍。然後你拿我的傘回去。”我還想堅持。她已然將傘湊到我的頭頂上道:“趕緊走吧。大男人,這麼啰嗦。”說完,自己就先走了。我只能跟上。

雨真的很大,劈裏啪啦的打在傘上。夜色黑漆漆的。只有能量水在有路燈的地方,可以看見雨就像線串的珠子一樣在閃光。然而我的心思肯定不會在雨上。心咚咚的跳,畢竟在這之前,我從來沒有和一個陌生女孩走的這麼近。我儘量避開和她的身體碰觸。即使這樣,依然覺得能聽到她的呼吸。那是深秋,如果沒有記錯,是開學的一個月後。也就是10月份吧。雖然在西安,還是有些冷的。她比我低,吃力的將傘舉過我頭頂。
走了一會,她說:“你把傘舉著吧。男人應該主動舉的。”我依言從她手裏接過傘。很輕鬆的舉過頭頂。現在想想,
我確實很木訥,本來就應該是男孩舉傘的。可能是為了緩解我的緊張和尷尬。她一會說:“你走慢點。太快了。”一會問:”你家是哪的?” 我說:“陝北。”

她又問:“你平時就話不多?” 我說:“還可以吧。”事實上是不多的,加上普通話不標準,緊張時還口吃,所以在班上話不多。她又說:“你應該多和同學交流。大學生活,就應該活躍點。你可能聽出來了。我是東北的。”
我點點頭說:“我知道。”我又問:”東北哪的?“ 她說:”遼寧。“又是一陣沉默。她突然又開口道:”你怎麼都把傘給我打了。你肩膀都濕了。“ 我說:”沒事。“她自然的一只手搭在我的腰上,一只手挽在我舉傘的胳膊。說道:”這樣會好些。“
  


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2014年11月12日

明太子スパゲティ

ハイ♪ 土曜日のお昼です。いつもの和食テイストのごはんだと見向きもしない相方も
これだと食べるので2人前作った。ごはんを炊いていなかYou beautyったということや
冷蔵庫を見渡したとき、解凍してすっかり忘れてた明太子が目についたということ、
そして何より生きる希望をどこにも見出せないくらい何をやるにも面倒臭かった
など諸々の理由で明太子スパゲティになりましたー

[明太子スパゲティ材料日本樓市]

材料はこんなもんだ。明太子80g、バター10g、にんにく1/2個、
オリーブオイル50cc、牛乳少々、醤油少々、大葉2枚分、焼き海苔全形1/2枚。
スパゲティはφ1.4mm@180g。以上、2人前。

[明太子スパゲティ作る]

相方が明太子パスタの混ぜるだけのソースをよく買ってくるんだけど、あれって
よく出来てるなぁと思います。自分の料理にはあまりオリジナリティを求めていなくて、
そこそこ破綻のない味でおいしければ良いと思っていますので、いつも何かしらの
お手本となるようなものを頭の中母乳餵哺に想定しています。それが今回はそのレトルトでした。
というか店で和風パスタを注文したことが殆どない為、味の記憶がないのです

[明太子スパゲティ]

おいしくできました。ま、誰が作っても失名創優品山寨敗のない盤石な食材ですよね、明太子って。
明太子を使ったソースで何か一品作りたくなってきたぞ。妄想は膨らむ・・。
でもいつも妄想止まりなんだよねー

[明太子スパゲティ]

ごちそうさま。じゃあね。
  


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2014年11月05日

私たちが必要


時間が歩いて、私たちを徐々に変わってる、ってなに変質されたことだったのだろうか。ってなには伤つけられるだろうか。のいわゆる幸福では手が届かない」とし、「過去のこ之はすべてそんなにちっぽけだが、時間を動かして、私たちを明确にする现実の残酷に私たちの最年少無知だ樂善堂余近卿中學

私の青春が薄れて私の未来茫漠としないで、私は行く时间ロマンティックで1人。

は何が笼だったのだろうか。ってなに濡らし青春の楽章は?私たちはまだ幼いもあった。しかし、青春はが明ける、私たちにはまだ準備ができていない。绘花幼鷹は始まっていない異種格闘技の空が広がりながら、天敵が折れて翼、ぎみで沼に落ちた通淋巴減肥

青春が過ぎて、付き添いは寂しさだけでなく、私たちは暮らしている華陽のなかにあって、読み取り青春の记忆を創造して筑いて空を未来、私たちには何と呼ばれていますが少なすぎて、理解していないが、毅然とした愛が何と「衣带渐宽终不悔を为伊消ちょうど憔悴して」、私たちはまだ若すぎるなったりして、どのようにして生み出す明るい未来があるが、「有所作為生活の中の最高水準に理解していない」とした上で、我々は何のことか結婚しないが、何が「夫婦間の必要性や、言い合って私たちが必要」と理解していないものは何ですか。長いが、「夕暮れ、私はあなたに付き添ってなんだかんだと」と言うのだ。

17歳の梅雨は、花のように,この青春を、どうやって荒唐無稽なことか。过ごす馬鹿げた歳月だったのだろうか。私たち、青春の帰り道后悔することのだろうか。やってしまった事がありますか?すっぱ過ぎるのではないかとの涙を追いつめて回目頭だったのだろうか。自分に教えて、自分で选んだ道を歩いているわけにはいかない」と後悔した。かどうかを噛み砕くの血に歯にお腹に気をしずめる、自分に教えて、私が坚强で後悔はしていない。壱人は自分をこらえ切れて他人を自分たちの手で落ちぶれる様子ですか?

青春を、私达が勇敢に直面して擡あわただしく行き来していることが必要で、下の現実においてこ之はしない、自分の梦の中に住んで編んだ。谁が言った青春必要もない。涙ですか?谁が言った青春をしょんぼりする必要もないだろうか。誰がは青春を浴びる必要もないだろうか。これは私达の通った跡がありますが、これは私たちの成功など、がいかにです。それさえ「短所じゃありませんか」智思中心


青春は私たち自身の、光り辉いた歩いたことがあって?落ちぶれる歩いたことがあって?静かに通り過ぎて?それとも平凡な过ごすのか?とにかく!否定してはいけない!私たち自らの青春を、否定的な青春。
  


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2014年10月24日

内職中の股寝

今までになかったことがおこった。
ワンズの唸り合い激光美白

仲良し場面も余り見ることはなかったけれど、唸り合うなんて!

ハクをブラッシングしてやっていると、凝りない凛太郎がマウンティングを仕掛けた。
いつもなら知らん顔のハクなのに、体制を変えて、凛太郎にかかっていった。

( ̄o ̄) え?脫髮


ハクもこの頃、母ちゃんに甘えたいという欲求を前面に出すようになってきたので、ブラッシングで飼い主独占中に、ちょっかいを出されて気分を害したのか、今までは先住犬である凛太郎に、かなりの遠慮をしている風はあったけれど、いつまでも大人しくはしてないぞというような感じなのか。

飼い主が「コラっ!」と言うのと同時くらいに凛太郎の敗北「キャン!」
小競り合いは一瞬にして終わった。体格が違いすぎるから凛太郎が負けるに決まっている。

ハクにはいつも「凛太郎は年がいってるし、小さいから大事にしてな」と言い聞かせているけれど犬耳東風、犬の耳に念仏かもしれない。

一瞬に敗北した凛太郎は、すごすごと母ちゃんから50センチくらい離れたところに行き、こっちを見ずにお座りをして屈辱に耐えている様子だった。

昨日は、飼い主が内職をしている時、凛太郎が股寝をしにきた貴妃護膚
凛太郎がくると、ハクも寄ってくる。どちらも甘えたいのか寒いのか、このところやたら寄ってくる。

「ここは自分が座る!」的に、また小競り合いと唸り声。ハクが先にしかけた。凛太郎も声で応戦。

声を聞いた瞬間に「コラっ!」

同時にやめる。

言うことを聞いてくれているからいいけれど、先住犬の凛太郎はきっと面白くないだろう。
ハクが来てから、今まで独占だった飼い主が、自分以外の犬を可愛がる。
そして、自分だけの権利と思っていたことを、じわじわとハクに侵略されているような、そんな気持ちになっているから、甘え方が激しくなってきているのかもしれない。

どちらか片方を抱っこしたら、必ず片方も抱っこということになってきた今日このごろ。

同時に2匹抱いてやることができたら、小競り合いは起きないのかもしれない。でもそれはちょっと無理なので、内職中の股寝を拒否することにした。

「どっちも抱っこなし!母ちゃんお仕事」
凛太郎が去ると、ハクもあきらめるようだ。

ニンゲンの子どももこんなふうかもしれないけれど、ニンゲン年齢にすると還暦ワンコと40歳ワンコが飼い主の膝争い。

これから寒くなるから、私としては凛太郎が膝の上や股の間で寝てくれるのはとてもありがたいのだけどね。  


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2014年10月17日

出門,記得穿暖!

秋擄走了落英繽紛,當色彩單調的只剩下壹頁香凝,妳是否依然愛我如初綻時的聘婷?未彈完的曲子,未登頂的山峰,帶著遺憾,就像壹曲不完整的旋律。故事悄然落幕,不想糾結過去,甚至已經沒有了回憶康和堂

  雖然結局並不完美,卻想讓心輕松上路。那張單薄的紙寫著情深似海,或許字太重了,重到了無法寄出。相愛的日子,日出日落都覺得很美。離別的那壹刻,覺得秋風都在戰栗,或許是我太容易傷感吧。此時此刻記憶在雲端穿行,妳只要壹擡眼就可以看見壹雙牽掛的眼睛。愛人,天亮了,容我與妳說壹句:晚安……

  再沒了勇氣賭壹次奮不顧身,無法縫補故事的結局,我選擇與妳並立。壹寸距離,永遠不靠近,永遠不疏離。妳紅成般若,已靜聽風雨。我孱弱枯槁,落日無輝。這樣相伴四目相對無言,其實秋天還在,只是心意闌珊。冬寒乍現,情早就走遠,就連記憶都少了溫婉。溫度又低了壹個點,其實多想在妳唇畔留下45°的暖,壹生壹世做妳最不舍的夢中仙康和堂

  聽著舊時的旋律,那曲風依舊,心卻已經安然如墨。不再沸騰,壹紙清冷,此刻壹切都是寂靜。甚至沒了思念的影子,空了,就像荒蕪的城。心若無塵,萬念皆消。雁子已經走了,就像這晚秋的夜壹聲不吭。不想去雕琢文字,就讓它以最純凈的面貌示人吧。赤裸裸的筆,坦露心底的空冥。素然無求,就是這四個字,真的沒了要求。

  今夜無風,月亮也藏起了行蹤。靜,真的很靜,可以聽到自己的心跳。不知該研磨多久的墨色,筆才會靈動。還是會忽然想起妳在的情景,冷不冷,不許光腳玩電腦。出門,記得穿暖!

  或許那壹句叮嚀,才是心裏最柔軟的疼,此生都無法忘記的那個影。不知此刻妳在哪,會不會記起我。那個用半顆心鎖著我的妳,誰會在妳的夢裏嚶嚀?往事隨風,如流雲過境,忽而旋起。捉下這秋的最後壹縷香魂,讓風捎去給妳。可否植於心的壹隅,五平方的位置。讓思念長成春天的雨,每壹滴都是想妳的言語康和堂


  在彼此心裏走散,或許緣分就是如此的淺。壹直很怕,怕妳的影子會不見,忽然壹陣風,本就單薄瞬間被吹散。就像壹顆珍珠在手裏捧著,每天不住的看,誰知浮生壹片草,任憑我怎樣祈禱,還是灰飛煙滅塵緣消。煮壹杯牙色的清茶,在月圓時分獨飲,話到唇邊淚蹣跚。

  終究還是脆弱的,不喊疼的也許隱忍著更深的痛楚,能夠表達的都不是苦,沒有淚的哭最無助。

  思緒亦是紛亂的,筆落的都不知道寫了什麽。壹別如斯,經年隔岸。人非昨,天涯咫尺已忘川。會在彼此心裏走散,也許這是結局的句點。愛的很認真,被情淋濕了心的魂,就像半壺煙沙,永遠無法填滿。那最美的山水回歸寂寥,淩亂的腳步跌倒在黑暗的奈何橋。來時的路,我找不不到,縱然退怯我想逃,心卻早就不見了。走了,怎不還我山水依舊,清寧的夜色無擾。  


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2014年03月19日

理の予約投稿でした

最近、ブログ感が随分と変わってきた言語治療
少し前の記事に書いた、「ブログ=本番へ備えての練習」。これに、やや、うっとりとしている。本番とはなんなのか? 小説? ふむ、正確には「これから書かれるであろう二十一世紀文学の金字塔」なのである。キャ、書いちゃったよ! この宇宙怪獣メガロ野郎っとお怒りになられる前に、先(まだ、書いてないけど)をお読み下さいね。

しかし、仮にである。それが書かれなかった。書いたけれど、金字塔ではなかった。途轍もない愚の骨頂であった。でも、構わないのです。「その予感に打ち震えている(一人で)」、ここが大切なのだ。一人、るんるんしながら、「金字塔金字塔・・・」と呟き、ブログ執筆に精を出す。練習練習ぅーーー。いやぁーーー、この浮き浮き感、ここがポイントなのですね。
ぶっちゃけ、その後の金字塔など、どうでもいいのである。あはははははmask house 面膜 好用

ブログ、詩集とか書籍化された小説なんかとは、随分と違う感じはある。
書き手と読み手の間に、出版社とか、そこの編集者とかが介入していない。直送である。これは、ある意味、非常に際どいし、プロとアマがボーダレス。もちろん、社会的にはプロ=文章でお金を稼いでいる人ということになるけれど、私は納得していないし、判断基準として下世話過ぎ。とはいえ、この論法上のプロ。もちろん、甘くはない。そんなことは分かっている。
あっ、すぅーーーかり失念。私は、有料ピアニストなのだったよ、げっ。下手だけど、そうすっと、プロってな訳かよ、ねぇー。いつもの例えで、じゃ、バン・ゴッホはアマだったの? という会話になる。私より上手い無賃金ピアニストがごまんといる。すっ、すいません。

小説を読まなくなって、随分と経つ。ひとつには、日本国、フランス語で言うところのロマンシィエール(小説家)の系譜が大多数を占めているせいもある。私は、エクリバン(作家)を読みたいので、段々と遠退いてしまった。言語実験、実験小説の流れも、大半は、詩人たちが引き継いだ。必ずしも、言葉の解体だ、意味の剥奪だと前衛的である必要はないけれど、前衛精神は必要だと思う。前進する、新しいものを自ら作る。仮に失敗作だとしても・・・。出来なんか悪くたって、文学の本質的な問題ではないと思っているmask house 面膜

そう言う意味で、ブログという媒体自体がゲリラ的で、たぶん、ブログ文学の創造は可能と推測している。私が、と言う意味ではないですよ。脳が枯渇枯れススキ状態だから、駄目ですな、それは・・・。

追記 この記事も日付をみたら、3月6日。真ん中辺は以前書いた内容だし、最後の方、昨日の記事と内容がダブっているけれど、全体の流れもあるので、そのままに致しました。ちょっと、ピアノの大きなゴトシ(仕事)が入り、脳がピアニッシモのフォルテェッシモなので、未発表「下書ノ山」より、無理矢理の予約投稿でした。
  


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2014年03月14日

食事場所の清明さ

和食は、煮炊きなどの調理よりも、
まず素材の鮮度と、包丁さばきを優先する。

なまくら包丁を戒め、手入れを怠らせない。

季節の巡りや旬を活かし、素材を最も美味しい状態にして、食べる姻緣配對

食事場所の清明さ、
料理の盛り付けの美しさ、
食器や演出のセンスなど、

様々に込められた、もてなしの心を、食べ物と共に味わう。



   海に囲まれた島国で、
   四季や清水に恵まれた温帯ではあっても、

   人口に比して食糧は乏しく、
   太古から常に飢餓に脅かされながら、

   分け合い、捧げ合い、“和をもって尊し”としてきた、
   私たちの祖先如新集團



“もったいない”は、飢餓との果てなき戦いの産物。
育まれた知恵と、甲斐々々しさ、研ぎ澄まされた技術が、
世界中の、心ある人々に瞠目されたら、嬉しい香港如新。  


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2014年03月04日

ぼんやり輝く



小雪の舞う冬の午後に、おばあちゃんは死んだ。

お葬式のあと、おじいちゃんもおばあちゃんもいなくなった家の炬燵に入って、母さんとおばさんと従姉妹とわたしで、おばあちゃんのはなしをしていたら、白い、透きとおるほど真っ白い子供の手の平ぐらいの蝶々が現れた。

蝶々のまわりは、すこしだけぼんやり光っているように見えた。

おばあちゃんがいなくなって悲しくて、泣きすぎて、わたしの目が変になっていたからかもしれないけど、光って見えた。

「ばあちゃんだ」

母さんが言った。

おばさんも従姉妹もわたしも「うん」と言った。

蝶々は部屋中を飛び回ってから、おばあちゃんのこどもたちとおじいちゃんの位牌のある仏壇の前で消えた。


死んだらわたしも白い蝶々になれるだろうか。

透きとおるほどに白く、ぼんやり輝く、夢みたいに綺麗な蝶々に。

冬に死んだら、きっとなれるような気がする。

そうしたら、あのひとのところへ飛んでいこう。
  


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2014年02月28日

僕は違う!

先日、ついにつくった自前のお弁当‥‥。嘘のようだが弁当をつくったのは初めてだ。
これまでずっと、弁当とは、ひとさまがつくったものを食べるものだった。
ところがなぜがどうしても弁当をつくりたくなった。
やってみたら、味はまあまあDiamond水機。ただ盛りつけが上手じゃない。

そんなとき、きのうの記事の友人から電話がきて盛りつけのことを言うと、
「そう言えば、確かにアンタは下手そうだ」

僕の周りには同世代で料理好きが多い。彼らの料理はけっこう食える。
亡くなった弟もそうだった‥‥。
まあ、彼らはみんな独り者だから、必要に迫られてつくるうちに料理も上手になったのだろう。

だが、僕は違う! 料理は子どもの頃から好きだった兒童書桌
それなのに祖母が厳しく禁止した。「オトコのくせに。料理はオナゴがやること」と明治生まれが叱るので、都会に出るまで、その「本能」は封印していた。
一度だけ祖母に内緒で母親に頼み込み、味噌汁に入れる豆腐を手の平の上で包丁で小さく切った。ところがその包丁を手前に引いてしまい、手の平を切ってしまった。あのヒリッとした痛みをおぼえている。

都会での生活がスタートし、喫茶店やレストランでアルバイトをした。
そのとき、ホールの接客係より「できれば」と厨房作業を望んだ。
当時の時給はなぜか厨房のほうがホールより安かったが、
厨房の職人っぽい作業が好きだったDiamond水機

実は数年前から、圧力鍋に凝っている。
大小の圧力鍋を使いこなし、米(胚芽米)も炊くし、肉ジャガだってつくる。
いくつか「作品」の写真も撮ってはいるが、なにせ「盛りつけ」が‥‥。
だからここではアップしない。

チャンチャン、と。  


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2014年02月25日

鮮やかな奇術は

マジシャンの初代・引田 天功(ひきた てんこう) 氏は、
「死のジェットコースター大脱出」など、1970年を前後して、
テレビスペシャルで数々の脱出イリュージョンを行なったりしていた。
大掛かりなセッティングで大脱出を行なうもので、
毎回かなりの話題を呼んだ如新集團

ところが、彼が常に意識して研鑽していたのは、
大掛かりなものではなく『シカゴの四つ玉』と呼ばれる奇術。
四つのボールを指の間から出したり消したりするもの。
これを所作の基本としていた。

鮮やかな奇術は、観客の目よりも手のワザが素早いとも言われるが、
素早いばかりでなく優雅でなければならないとして、
この奇術の研鑽を怠らなかったという。

奇術は、速い動きで欺くものが多い。
だけども、本当に欺いているのは目ではなく、観客の心理。
心の動きを読み、上手に欺いていくというところだろう。

こんな様子を語ったのか、エドガー・アラン・ポーの言葉に、
『人間は、詐欺をする動物であり康泰領隊、人間以外に詐欺をする動物はいない。
「人は悲しむために作られた」と詩人は言う。
そうではない、「人は、欺くために作られた」のだ。』

元ビートルズのジョン・レノンの言葉に
「俺たちは、みんなペテン師さ。
だけども、みんな騙(ダマ) されたがっているんだもん」
ファンは、彼らがスターであることを願い香港如新集團、そのスターである振る舞いに酔いしれる。

ビートルズファンも、奇術の観客も、ミステリーの読者も、
みんなみんな、期待している、

鮮やかなほど見事にダマしてくれることを、、。  


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2014年02月12日

ところが

この3月、将棋のプロ棋士とコンピュータとの対戦、
いわゆる電脳戦がある。
楽しみにしているが、もはやトップ棋士でも
コンピュータには叶わないのではないかと思うほどの状態。
こんな有り様を見ると牛欄牌回收、コンピュータは、
何かにつけて万能の存在のような気にさえなる。

ところが、これに水をさすような説に、
『モラベックのパラドックス』というのがある。

提唱者はロボット工学博士のハンス・モラベック。
「コンピュータに知能テストやチェスをさせるよりも、
1歳児レベルの知覚や運動能力を与える方が遥かに難しい」
と記している。
コンピュータにとって、知識を詰め込むことや思考力を発揮することは、
たやすいことだが、幼児でもできるような運動の能力などは劣っているという。
平たくいえば、
「難しい問題が容易で、容易な問題が難しい」ことになる。
つまり如新集團
「簡単なものほど難しい」というパラドックスになる。

最近、とてつもなく激ムズのスマホ・ゲーム
「Flappy Bird(フラッピー・バード)」が話題になっている。

このゲームは、小鳥を鉄パイプの隙間をくぐらせるという単純なゲーム。
ベトナム人のドン・グエンさんが2、3日で開発したものだという。
これがどうして、どうしてかなり難しいゲームで、
結局は、人気ぶりに対応し切れなくなって配信停止となったという。

こんなもの、ちょろいもんだと始めるが、
ヒーッ難しい!となるようだnu skin如新

やはり、「簡単なものほど難しい」というパラドックスは生きている。  


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2014年01月22日

わたしの祖母は

わたしは、人の死にまともに直面したことがない。
人生の最も大事な局面、深刻な、影響を与えることに向き合ったことがない。
これは、ある意味、まったくシワのない、つるんつるんの脳をもっているのと同じかも知れない。

しかしながら、とりあえずは、肉親は亡くしている。
父方の祖母、父、母方の祖父、祖母。
この中で、祖父母は、わたしの年齢からみて、現在生きているとするとプリザーブド・フラワーの人間版で、
彼らは、とうの昔にnuskin、平均寿命を全うしてこの世を去った。
哀しいかといえば、90歳を軽く過ぎて枯れるように老衰で旅立った父方の祖母などは、
「おばあちゃん、おめでとう」という涙を流して喜んでくれる親戚さえいた。
悲痛な涙を流した人は、おそらく一人もいないのではないだろうか。

口数少なく働き者、優しい、穏やかな、芯の強い、明治の女性だった。
幼い頃、ずっと、忙しい母に代わって田舎でお世話になった。
この祖母には、晩年、一言だけ言われたことが印象に残る。

「選り好みせんと、ええかげんにしなさいよ」
これは、わたしが結婚適齢期の頃、わたしに相応しい相手に対してでも、なかなか首を縦に振らなかった時のこと。
自分の未熟さ故の行為であったと今は思う。
見てるとこは、見てるんやな~、おばあちゃん。


わたしの祖母は、大人しい控えめな性質であったが、夫の祖母は、凛とした理知的な人だった。
嫁いで、はじめてお目にかかったとき、
「ここをあなたの永遠の家だと思ったらいいんですよ。なんの遠慮もいりませんからね」と言われた。
こころ優しい、思いやりが綴られたお手紙も頂戴した。
それは、今も大事にとってある。

わたしの父方の祖母と、夫の祖母は、年齢的には一回りほど違い、わたしの祖母の方が年上である。
夫の祖母に、ご挨拶のようなものを言われたとき、わたしは「言葉って、すごいなあ」と思った。
明確に言葉にすると、気持ちや、考えが、はっきり伝わる。
まして、書いたものは、もっと明確に伝わる。

日頃、やたら口数の多い人もさることながら、めったに話さない人の一言というのも、効く。
わたしなど、考えずにしゃべっているので、
「で、なにが言いたいの? オチは、ないん?」などと娘に言われてしまう。

「オチは、話、ぜんぶやん!全体の流れで、最後のところあたりやん!」と、あきらかに苦しい言い訳をする。

・・・

死に面したことがない、という話から、テーマが「言葉」に移り変わっている。
すぐに脱線する。

・・・

で、わたしは死に面したことがないわけではなく、父も義父も、義祖母もあの世に行った。
何度も言うようだが、皆、平均寿命を全うしている。
さすがに、全員、老衰というわけにはいかなかったが。
もし、母や義母が牛欄牌回收、この先、この世にいなくなったとしても、これまた、今で、すでにもう平均寿命は過ぎているのでは?

だが、彼女たちには生きてもらわないと、困る。
二人とも、重要な役割がある。
用のないお年寄りというわけには、いかない。
さすがに、寄る年波には勝てず、現役ばりばりの頃のようにはいかないが、要となる案件をいくつも抱えている。
世の中のヒマな、お迎えを待つばかりのお年寄りとは、ちょっと違う。
彼女たちは「はやく、引退させて欲しい」と嘆いてみせるが、ちょっとやそっとじゃ、引退しない。
が、明らかに、年齢的な衰えは避けて通れないようである。

・・・

わたしは、死に別れるといっても、さほど哀しい目に遭っていないので、人間としての究極の苦痛の経験がない。
人の痛みもわからないのだろう。
壮絶な人生とは、対極の人生だろう。
それはそれで、深く感謝しなければならない。


エネルギーというものは、負であっても、正であっても、溜まるものである。

わたしの場合、正のエネルギーが溜まっているはずだ。
(サボっていて、あまりエネルギーを放出しないせいもある)
が、不思議なことに、知らない間に、放置された電池のように、放電してしまっている。
溜まるのは、負のエネルギーか?
なぜだろう?
性格か?

日頃、生活するにあたって、正のエネルギーを無意識に使っているようだ。
仕事や、家事、いろんな義務、・・・
なので、無意識に正のエネルギーは、いつも残量が少ない。
でも、負のエネルギーは、自然に減ることがないので、溜まる一方。
特に努力もしないのに、チャージされっぱなし。
もし、努力するとすると、無理やり減らそうとしないと、減らないかも知れない。

で、負のエネルギーが爆発しそうになるぐらい溜まると・・・
ポイントの有効期限が来る直前に、ポイントを商品と交換して使ってしまうかのごとく。
わたしの場合は、正のエネルギーに変換して組み入れているのかも知れない。
負のエネルギーをせっせせっせと、日常使いしてしまっているのだろう。
だから、負の感情やストレスが溜まらない。
正のエネルギーが、溜まっているようなかんじ。
正のエネルギーの出口が小さいからnuskin 如新
「究極の無駄な使い方」を追究したりして、無駄に消費しているのかも知れない。


すごく大きな負があり、特異な性質の負である場合、正に変換できないこともある。
すると、変換されずに、ずっと溜まったまんまになり、ずしっと重いことだろう。
小まめに負から正に変換する方法を、各自、習得していると思う。
それが備わってない、できない場合、溜まりに溜まって、たいへんなことになる。

・・・

と、またまた、テーマがズレまくり。

で・・・、オチは?
ないやん!と言われそうだ。

永遠にオチなどないのだ。
開き直ることが、オチか? (情けない・・・)

本日は、まとめることもできす、
書き散らしたあと、片付けることもせず、
弱弱しい背中を見せて、とぼとぼ退散いたします。  


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2014年01月15日

同じお正月を

今年は、土曜日曜の関係もあり、長いお休みをいただきました。
東京から娘家族が来て滞在したり、母を訪ねたり、息子が来たり、毎年のお正月と同じく過ごせました。

昨年と同じように過ごせるお正月って、本当に感謝です。

自分が60歳まで生きているって約會技巧、三無主義と言われた年代の私にとって、不思議な感覚です。
三無主義って、今の「ゆとり世代」と言われるのと同じくらい、少しダメという感じの世代なんです。
無気力・無関心・無責任で、何もやる気の無い世代だったわけです。
1970年代によく使われた言葉ですが、まさにその通りの私でした。

三無だけではなく、感謝も無し、感動も無し、そんな10代20代の自分を今、ときどき思い出します。

昨年のそんな人達の同窓会でしたが婚戀網站、意外なことに、みんな校長先生になっていたり、お医者さんになっていたり、責任ある立場で頑張っているんです。
時が人を育てるのでしょうか。

同じお正月を、あと何回過ごせるか?!
いつ、何があっても不思議じゃないこのごろのご時世です。
大雨、大風、地震、事故、病気、いつでも「普通」の生活を壊してくれます。
普通に過ごせることを、心から喜んで過ごしたいです
三無主義の代表の年代の私の言葉とは思えないですね牛欄牌問題奶粉

お正月休みの最後の昨日、娘夫婦や孫とイタリアンレストランへ行きました。
初めてのお正月をパパの実家で過ごし、昨日は奈良でレストランだったのです。  


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2014年01月08日

ところで今年は午年

先月の中旬より咳、痰、鼻水の症状が出て治らず、病院で診てもらったものの、それでも良くならず、年を越え治ったのがちょうど正月明けの4日です。今でも痰が絡まり声が擦れ、そんな状況でも先週末より机に向かっています中年交友。昨日も朝早く起きて書こうとしたのですが、様々な用事が入り込み書かず仕舞い。そして1月6日の午後9時を廻ったところです。

最近、忙しくてヤフーブログの機能に無関心でしたが、ブログを始めた頃は興味津々でした。ところが年末に投稿する時に見ると時間指定が出来るようになっていました。これは便利だと思って元旦の投稿時間を午前零時にセットしたところ、朝遅く起きてから画面を見ると何とセットした時刻に投稿されていました。そして3日も同じように午前零時にセットすると、遅く起きて画面を見るとセットした時刻に記事が載っていました。皆さん、この機能知っていましたか。

ところで今年は午年。馬でなく午なのです。「ご」とも読みます。少し気になり調べると、普段使う「馬」とは象形文字で馬のたてがみと足を示しているそうです。ここまでなら何とか分かりますが、一方、「午」は干支からきていると言います。元々、干支は、中国の殷(いん)の時代に人々は木星を尊い星としたそうで、その動きを詳しく観察しました失眠 中醫。その結果、木星は太陽を約12年掛けて一周することがわかり、その位置を示すため空を12の部分に分けたそうです。そこに名前をつけたのが十二支(じゅうにし)の始まりと言われているそうです。もっと詳しく調べると頭が混乱しますので、これでこの話題は止めます。でも外国人に日本を知ってもらうには、こう言った知識も必要ではないでしょうか。

今、英語ブームだそうです。特に若い人の中にも英語を使って話す人が増えています。ただ残念ながら英語で話せても日本の事になると全く話せないと言うのか知識がない人がいます。会話が続かないそうです。残念ながら私の廻りにもいました。「和食」や「おもてなし」は世界的にも有名な言葉になりました。でも「和食」や「おもてなし」の本当の意味を知っている人は少ないと思います。以前、ある新聞の投稿欄にも英語を話せても、英語で日本の文化や伝統について話せない人が増えているという記事が有りました。私もそう思いました。それは英語と平行して学ばなければなりません。それは少し厳しいかもしれませんが、そうでないと世界に通用しません。

そんな訳で私の廻りにも外国人がいっぱいいます。話す時は日本語と地元の方言。日本に来たら日本語で話せと、何時も心の中で思っています。国際人にならなくても生粋な日本人でいたいと思います香港中醫治療。だから私と話す外国人は、時々、頭が混乱するそうです。ゆっくり話せと目で指図します。それでも日本語でまくしたてています。  


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